tsujimotterの下書きノート

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「楕円曲線って何ですか?」という質問に対して、定義を答えて返すのはきっと何の意味もない

最近、楕円曲線に関しての進展があったようで、twitterの数学徒の間では話題になっているみたいである。

楕円曲線は、フェルマーの最終定理の話ではよく出てくるし、ミレニアム問題のBSD予想にも関わっているし、何かとよく聞くワードではある。こういう状況で、数学にほとんどふれたことのない人が考えることは1つである。

「楕円曲線って何ですか?」

この質問を投げられた人が、楕円曲線の定義を答えて返すのは、きっと何の意味もないだろう。

質問者の意図する答えではないからだ。私が質問者が真に知りたいことを想像するなら、きっとこういうことである。

「なぜ他の数学的対象ではなく、楕円曲線がとりわけよく研究されているのですか?」
「いったいそこにはどんな魅力があるのでしょうか?」

この質問は、なかなか難しい。だが、今日はがんばって答えようとしてみよう。


参考までに楕円曲線は、以下のように定義されるのだが、これを見てもきっと何も分からないと思う。

定義(楕円曲線):
射影空間  \mathbb{P}^2 上で定義された非特異曲線

 y^2 = x^3 + ax + b

に双有理同値な曲線を楕円曲線という。

「射影空間」「非特異」「双有理同値」という、数学をやっていないと絶対に聞かないようなテクニカルタームが入っているが、気にしないで欲しい。これを知った所で楕円曲線の魅力はよくわからないから。


楕円曲線の魅力、それは「定義からはまったく想像できない興味深い性質がたくさんある」ということに尽きると思う。だから、それらを紹介していくのが一番手っ取り早いと思うのだ。

ここでは、私の知っている限りではあるが、楕円曲線にまつわるいくつかの興味深いトピックを紹介したいと思う。

最初に断っておくが、以降の文章は、ぜんぜん説明をする気がないくらいテクニカルタームにあふれているし、私自身正しいことをいっているかどうかまったくもって自信がない。なので、正確に情報を読み取ろうとしないで、雰囲気だけで「ふーん」と思ってもらえればよい。むしろ、列挙していること自体が大事で「なるほどよくわからないけど、こんなにいっぱいあるのね」と思ってもらうことが目的である。どうしても気になれば、用語を拾ってググってもらえるとうれしい。

* * * * *

そもそもなんで「楕円」なのかというと、それは「楕円関数」と呼ばれる古くから研究された関数によって、パラメトリックに表示できるからだ。楕円関数は三角関数のような「円関数」をより複雑にしたようなものだ。楕円とはまったく関係ない。 「楕円」と無関係なわけではないが,あくまで歴史的な経緯でそう名づけられた程度に留めたほうが理解しやすいと思う。

この楕円関数の関数等式から、 \mathbb{Q} 上の楕円曲線の有理点がアーベル群をなすことが容易に示される。この事実は非常に重要である。楕円曲線上の有理点には「群」という構造があって、しかも有限生成なのである。これは楕円曲線のもつ著しい特徴であって、楕円曲線を調べる武器となる。有限生成であることは「モーデル」という数学者によって 1922 年に示されたので「モーデルの定理」と呼ばれている。割と最近のことだ。

フェルマーの最終定理によって一躍有名になった話だが、 \mathbb{Q} 上の任意の楕円曲線は「保型形式」と呼ばれる対象に1対1で対応している。「志村・谷山予想」というやつだ。ワイルズらによって解決したので、今は予想じゃなくて定理か。

対応の仕方もおもしろい、L関数と呼ばれるものを経由して、楕円曲線と保型形式が結びつくのだ。L関数は mod p で安定な p で掛け合わせたオイラー積によって定義できるんだけど、その解析接続された L関数の s=1 の位数が、楕円曲線の生成元の位数(ランク)に一致するという摩訶不思議な現象がある。これが有名な BSD 予想というやつだ。

楕円曲線には「セルマー群」という重要な群をつくることができるのだが、これは円分体の「イデアル類群」に対応する代物らしい。これを使って、楕円曲線上の岩澤理論みたいなものが構築されるのだそうだ。これについては話を聞いただけなのでよく知らない。
また、楕円曲線は虚数乗法を持つ場合と持たない場合に「場合分け」することができて、それぞれの場合でまったく取扱いが異なるのだそうだ。一般に虚数乗法を持つ場合の方が、構造がある分、取扱いしやすいケースが多く、より深い情報を取り出すことができるのだそうだ。

解空間をリーマン面とみることもできて、これがトーラスになるわけだが、このように考えると幾何学的(解析的?)に取り扱うことも出来る。トーラスの穴が1つなので、これを種数1というが、種数0の曲線の次にくるので、一段階難しい問題をあつかっていることになる。ちなみに、種数0の曲線は、円とか楕円とかの円錐曲線だ。これは高校のときに散々あつかっただろう。一段階複雑になった楕円曲線を考察することにより、種数 n の代数曲線に一般化できる結果が導けるかもしれない。実際、上に書いたモーデルの結果を拡張して、一般の種数 n の代数曲線に対して「モーデル・ファルティングスの定理」という大定理が導かれている。余談だが、この定理が証明されたとき、何を勘違いしたのか「フェルマーの最終定理が解決した」と誤解して、プレイボーイという雑誌でフェルマーの最終定理の特集がされたらしい。後にも先にも、プレイボーイで数論の特集があったのはこのときだけだ(と足立先生のブルーバックスに書いてあった)。

私はあまり興味がないのだが、楕円曲線は暗号にも用いられている。実際に使われている例は聞いたことはないが。これを読んでいる多くの人は、この話を聞いて楕円曲線の存在を知ったかもしれない。あと、素因数分解の方法として「楕円曲線法」というものもあるらしい。

* * * * *

さて、ここまでつらつらと楕円曲線を魅力に思う例を挙げてきたわけだが、これらの例を鑑みるに、楕円曲線は「それ自体が他と比べて飛び抜けて魅力的なわけではない」という気がしてきた。

むしろ、今まで扱ってこなかった分「目新しい」ことが魅力なのではなかろうか。これまで扱ってきた対象よりも、一段難しい対象である。しかしながら「構造」があるので、いろんな数学的対象とつながっていて「目新しい」結果が導けるのだ。だからこそ、今研究すべき対象なのだ。

きっと、これより複雑でもっとおもしろい対象も、後には控えているんだろうけど、それに取り組むのは楕円曲線のあとであって「今じゃない」のであろう。


本当はこういったことを、もっとやさしく、事前知識を仮定しないで説明できるとよいのだが、それはまた別のお話。